SEASONS

この間、前の職場で一緒だった後輩と久しぶりに飲みに行った。

 

ぼくが初任で勤めた職場で、ぼくが2年目の時に入ってきた1つ年下の後輩だった。

 

当時も何度か飲みに連れて行った仲だった。彼にとっては他県で、しかも見知らぬ土地ということもあったから、お酒を飲んで上司やら職場環境やらの愚痴を言える場は貴重だったことと思う。2年間の県外勤務の後、彼は地元の県に戻ったのだった。

 

1年間という短い期間の付き合いではあったが、彼も徐々に仕事に慣れ、ぼくとの距離感も縮まるにつれて、ぼくに対してあけすけにものを言ってくれるようになった。

 

久しぶりに後輩と再会したその飲みの席で、ぼくの同期が婚約したという話題になった。ぼく自身は一般に職場の人間との付き合いが浅いからそんな話は初耳だったが、その後輩は婚約した同期とも仲が良い(前の職場をぼくが去った後後任で入ってきたのがその同期だった)ために知っていたのだった。

 

また、その後輩は地元ではなくこちらに彼女がいるとのことだった。その日はぼくと飲んだ後に彼女の家に泊まるらしいから、ぼくらの飲み方では珍しく、22時くらいで切り上げて一軒目でお開きとなる日であった。婚約した同期と、遠距離恋愛中の後輩。次第にその場は結婚やら将来やらのことで持切りになった。

 

男女の交際や結婚の話題は前から苦手だった。自分に大した恋愛経験がないこともその理由の一つだが、最近気づいたもっと大きな理由として、仮に自分が交際していたにせよ、そんな話をしても自分にはその先が決してないだろうことが分かり始めたということがある。

 

ふと気づけば、二階堂の水割りの酔いに任せて、必死に心理的な駆け引きやらデートやらをして交際し、結婚して子どもを産むということ、それ自体が無条件に肯定されるのはなぜだろうと、そんな疑問が澱みなく口から発せられていた。

 

「先輩は子育てなんて向いてないししない方いいっすよ笑」

 

後輩がはっきりとそう言ってくれて、ぼくは嬉しくなった。

 

「結婚はしてもいいと思うんすけど、なんか、無理に普通に染まんない方がいいと思います笑」

 

普通と異常、マジョリティとマイノリティ、画一性と多様性。いつの間にか「マイノリティ」やら「多様性」は二項対立の図式に収まるようになってしまったのか。

 

後輩のその言葉は、ぼくへの敬意なのか呆れなのか、はたまた感心なのか嘲笑なのか、人の気持ちを汲み取るのが苦手なぼくには判然としなかった。でも、何だか嬉しかった。

 

人は単にセックスをしたいのか、子どものいる未来を築き上げたいのか。ぼくのように「明日死にたくない」*1とは思わない人間にとってはそのどちらも同じことだ。あの穴に棒を入れて腰を振る摩擦運動は、単なる快楽でもあり、一方で、出生という営みを素直には肯定できない人間を生み出してしまったりもする。その落差を思うぼくの心の中のわだかまりはずっと消えることはない。

 

では、なぜお前は今すぐ死なないのだ。そう思う人もいるだろう。でも、自分を殺すことが遂行可能だとすれば、*2「明日死にたくない」とは思わないことは遂行不可能なことだ。

 

人には必ず、家族になら話せること、恋人になら話せること、友人になら話せること、職場の人間になら話せること、あるいは、カウンセラーになら話せること、色街の人間になら話せること、そして、誰にも話せないことがある。そうして引き算をして、自分の中に残るものを実存とか個性とか言うのだろう。

 

その秘密の部分が大きい人間は、精神疾患患者として取り扱われることもある。

 

社会には幸福な人間と不幸な人間がいるのではない。考えてしまう人間と考えないで乗り越えられる人間がいるだけだ。

 

その後輩は以前、俳優の三浦春馬が好きだった。三浦春馬ポールスミス愛好家だったようで、後輩もその真似なのかは分からないが、たしかに以前の職場の時からポールスミスの時計を身に着けていた。一ファンであるその後輩は三浦春馬が自殺したと聞いてかなりショックを受けたみたいだ。

 

2020年に女優の竹内結子も自殺をしたが、彼女にとっては夫と二人のまだ小さな子どもの存在は、この世界に彼女を繋ぎ止めてくれる理由には足りなかったというのは、なんとも胸を締め付けられる思いだった。

 

よくスポーツ名門校の監督が言う言葉に、アスリートとしてではなくまず人として、社会人として一人前の人間になることが1番だという指導方針がある。スポーツで勝利することも大事だが、それ以上に協調性や自分の頭で考え判断する力を養うことが大事なのだと。

 

だが、そもそも社会に出てみると、その社会では、労働し賃金を得て明日も生き、結婚をして新たな生命を生み出すことが無条件に、考えられもせず善とされる。そのことは誰も疑問に思っていない。協調性も自律心も、あくまで近代がぼくらに植え付けた個人主義の産物であって、ぼくらは「大人」として成熟することが社会では求められている。そのことに気づかせてくれるのは両親でも恩師でもなく、200年以上も前に生きていた哲学者の本である。

 

「何かあったら、仕事とかそういうのどうでもいいから、連絡くださいね笑」

 

社交辞令であったとしても、そう言ってくれる後輩に恵まれたぼくは幸せな方なのだと感じた。

 

ただぼくは、状況によってはこの幸福な感情は、生き延びる動機にもその逆にもなり得ると思った。

 

ふと、以前に仕事の窓口で対応した、19歳の娘さんを亡くしたお母様の姿が思い出された。

仕事柄、死亡者の受給権を請求できる制度があるため、その対応をした時だった。そういう時は、事前に遺族から担当者宛に連絡がくる。必要書類を伝え、案内文もそのお母様に郵送した。数日後、彼女が来所したのだが、窓口で住民票だったか何かの書類を忘れたとおろおろし始めた。とても狼狽していて、「あんなに確認したのに…」と自分を責めるような調子でつぶやいた。俯いていた彼女を見て、涙がこぼれそうになった。想像してしまった。娘さんを亡くしたお母様が精神的に大変な中で、重い足を引きずって市役所に出向いてくれたであろうこと。でも、やっぱり動揺していて、今日当日、書類を忘れてしまったであろうこと。その全てが、ぼくには耐えられなかった。

 

その娘さんは自殺だった。当然詳しくは言えないが、死亡診断書の内容はとても見ていられないものだった。

 

後日、不足書類を持参していただいたお母様が「〜さんのおかげでここまでやれました。」と言ってくれた。自分も今でも崩れ落ちそうなのに他人を労われるその心に、またしても涙がこぼれ落ちそうになった。

 

彼女は必死に生きたのだ。もっと頑張れた、と言う人間がいたとしたら、その人は想像力が著しく欠けていると言わざるを得ない。きっと、もっと生きたいと思いながらも、そんな自分を必死につき離しながら、彼女は自分を殺したのだ。

 

ぼくの発言には、20代の若者が言っていること、若さということ以外には何の価値も無いなんてことは分かりきっている。それでも、「明日死にたくない」とは思わない自分の思考だけは、法律にも誰にも邪魔されない、ぼくだけのものだ。

 

 

浜崎あゆみの曲にSEASONSという曲がある。限りある季節に僕たちは何を見つけるのだろう、と締めくくられるその歌詞は、あくまでも今日、明日、そして春夏秋冬と、明日が来ることに何の疑問も挟まない人間に向けられている。

 

もしも季節の移り変わりに心が動かされるような人間であったなら…。

 

仮定法過去はなぜ過去形なのだろう。もしかすると、条件節が常に過去形であるのは、もはやそれが永遠に叶わぬ、過去の経験から想像して頭の中で組み合わせることしかできない、その限りで実現不可能な夢であるという、残酷な通達だからなのかもしれない。

 

 


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*1:朝井リョウ『正欲』株式会社新潮社、2021年、4頁。

*2:現代思想11 特集|反出生主義を考えるー「生まれてこないほうが良かった」という思想』青土社、2019年、14~15頁。