コロナワールド3

 コロナワールド第3弾。コロナは一見すると普通の風邪の症状らしい。ところで風邪といえば、中学の時現代文の問題集でこんなステキな文章を読んだことがある。以下抜粋。

 

正月早々、風邪で寝込んだ。けれども、風邪のおかげで熱はあっても生命の危険はなく、忘我に近い恍惚にはいり、世間構わず昼間から寝ていられる。それは一種のスポーツの一形式でもあり、宇宙飛行士の宇宙遊泳でもある。何たる健康状態であろうか!

 河上徹太郎の「風邪熱談義」である(要約)。

 

「えっ」と思わずにはいられない、パラドックス満点の一節を興味深く読んでいくと、彼はさらにこうも言っている。

 

 「だから右の状態※は、正しくレジャーというものの理想的な状態なのである。勤め人がたまの休日を人ごみに揉まれて郊外の遊園地あたりまで子供とあわただしい一日を過ごすみじめさはよく漫画のタネになっているが、一方われわれはお小使いをしわ寄せすれば、昔なら貴族豪遊の独占であった旅行やホテル生活を味わうことができる。しかしそこには歪められた優越感・虚栄心以外にどんな陶酔があろうか。そしてまた、今では幽邃な古社寺の門前には観光バスが列び、名代の食い物屋が日に数百千の客を賄わねばならないとなれば、味はいやでも規格化せざるを得ない。つまり、万人がエリートなのであって、優越感というものがあまり快楽のうえでものを言わなくなった時代である。」

※風邪で寝込んでいる状態のこと。

 

そして、極めつけはこうである。

 あくせくレジャーを求めて、どれだけ心身ののびやかさと解放感が得られるのか?実は勤労生活をちょうど裏返しにした時間の縄の目を、ノルマを達成するために勤勉に辿っているだけなのである。 」

 

というわけで、今回はレジャーの話。コロナでみんな旅行に行きづらくなり、おうち時間が増えている今だからこそ、この論考からは多くの学びがある。

 

「風邪熱談義」は昭和44年に書かれた文章らしいけど、こんなにも生々しく、かつフレッシュに現代人に問いかけている文章をぼくは寡聞にして知らない。というか、ぼくには、コロナワールドを悲観するなという熱いエールに聞こえてならないのだ。

 

ぼくたちのレジャーは健全だろうか?もちろん、言うまでもなく、時代は変わっていて、ぼくたちのレジャーはお金がなくても達成できるものになっている。YouTubeもインスタもフェイスブックも、ネット接続環境があればそこそこ楽しめるものになっている。けれども、そこで行われている内実は昔とそう変わっていない。それは、明日も仕事かと思いながら仕事の空き時間をただ単に消費するための暇つぶしなのであり、まさに「勤労生活をちょうど裏返しにした時間の縄の目」を規則正しく辿っているだけだ。ここにひとつ現代的な特徴があるとすれば、レジャーはいまや動物的な快楽となっており、ぼくたちのレジャーはインスタントラーメンさながら3分で満たされる視覚的な中毒となっている。得をするのは画面の向こう側にいるよくわからないパフォーマーなのであって、企業案件やらアフィリエイトやらで巨万の富を得る彼らは、中毒という比喩に則れば薬の売人である。そうして、ぼくたちのレジャーはますます規格化に拍車がかかり、似たようなコンテンツを消費するだけの毎日となっている。

 

もうぼくたちはこの時間感覚に慣れすぎてしまっている。けれど、ぼくたちの時間感覚が短くなれば短くなるほど、ぼくたちのレジャーはすべて似たようなものになり、ノルマ化していく。2時間の映画鑑賞より3分のYouTube閲覧を選ぶ身体になってしまったぼくたちはどうしたらいいだろう。

 

多分ぼくらは、いったん手を動かすことをしないとこの悪循環から逃れられない。ジャーナリストの堀潤はAbemaTVでわれわれは火をおこすこともできなくなってしまったといっていたが、まさにぼくたちは手のひらの上で何かを創造しようとしたほうがいい。これはなんでも一から作れという意味ではなく、めんどくさいけどちょっと楽しいことを日常に持ち込むということだ。ぼくたちの時間感覚を長くするためにできるかぎり手を動かしたほうがいいと思うのだ。たとえばこのブログも、本来は紙とエンピツがあれば十分に書ける。知性とはきっとそういうものをいうのでしょう。

 

だからレジャーの回復とは、身体性の問題だと思う。コンテンツを見て欲望を満たすだけではなくて、そこから自分の手でやってみること。どんなにみっともなくてもいい。アピールしなくていい。料理も文筆も旅行も、まずは体を動かすことから始まると思う。そうやって自分の時間感覚を長くしていかないと、ぼくたちの時間は短くなる一方だからだ。

 

河上徹太郎がこのコロナワールドで生きていたら、きっと喜んでいただろう。現代のレジャーはクソほどつまらなくなっており、そんなレジャーに勤しむくらいなら、風邪で寝込んでいた方が数倍マシだからである。彼ならそんな風に、現代の病理をぶった切ってくれるだろう。

 

 

てなわけで、みんなコロナワールドを機に、得意料理のひとつでもあみだしてみようよ。だってみんな暇でしょ?

 

 

有愁日記 (1970年)

有愁日記 (1970年)