コロナワールド2

昨日の金曜日は仕事が忙しかったから、遅めに起きて迎える朝は気持ちいい。まだ少し、昨日飲んだハイボールの酔いのせいで気怠さはあるけれど。

窓を少し開けて、外の空気を入れる。オレンジジュースを一杯飲んで、グローを吸いながらひと息つく。

やっぱり電子タバコだと、文章にしたとき雰囲気出ないね(笑)

 

 

朝はLINEニュースとかサッカー情報サイトのGoal.comやらTwitterを巡回するのが日課なのだけど、今日も「7月のコロナ国内感染者数が1万7000人」という見出しを見てしまった。

嫌でもコロナワールドに引き戻される。気持ちのいい休日の朝が台無しだ。

 

そして平日もコロナワールドに毒されている。

ぼくは公務員で窓口業務をしてるけど、この間窓口でお客さんがこんなことを言ってた。

 

「今どきマスクしてない奴がいるんだねえ。常識知らずだ。人にうつしたりしたらとか考えないのかな。」

 

こんなところにも、山本七平の言う日本教の一端が垣間見れる。これほど日本の良さと悪さを示すセリフはないと思う。

 

社会学者の山本七平は、無宗教だと言われていた日本が実は日本教という名の宗教を信仰していると喝破した。

 

日本人は「人」を最上位に位置付けする。欧米では神が人の上位に来るが、日本ではそうではない。常に人目を気にして、こんなことをしたら人はどう思うだろうかと常に顔色を窺いながら行動する。だから日本人は、逆説的に、自己を批判的に見る習慣がない。神への信仰があれば、常に神はどう見ているだろうかと立ち止まり、その対話が自分の言動を反省する機会となる。一方、日本人は自分を見つめる第三者的視点をもたない。他人の目を気にして行動するのは、自分の言動を注意深くチェックすることとは違う。それは自分を捨てて他人に媚びをうることでしかない。

日本人がやたら世間や常識やらにうるさいのは、人を行為規範の基準としていることを意味する。不倫報道がやたらバズるのも日本教のメソッドを考えれば当然である。

何よりもまず人が最上の規範となる。これが日本教の教義である。

 

 

常識知らず。その常識とは何を指すのだろう。太宰治が言ってた気がするけど、それは他人のこと。つまり人だ。

 

コロナワールド渦で、日本教がいっそう強くなっていく。

 

それは日本人のマスク着用率の異常な高さによる(?)死亡率の奇跡的な低さとして。一方で、自粛警察に代表されるような社会的な圧力として。

 

日本教の恐ろしいところは、一見他人思いに見えるが実は世間を内面化した行動規範がみるみる増殖していくところにある。これが俗に言う「空気」というやつの正体だ。

 

第二次世界大戦時の日本が国民の支持のもと戦争に突入していったのは手垢のついた事例だが、このコロナワールドでも似たような「空気」が広がってはいまいか。

 

そうしてぼくたちは、いつの時代も自分の軸を作れないでいる。自分の意思や行動を決めることができずにいる。

 

だからぼくたちは、自分を守るためにこそマスクをする方がいいと思うのです。

 

 

"So before I save someone else, I've got to save myself"

だから他の誰かを救う前に 僕は自分を救うんだ

"And before I blame someone else, I've got to save myself"
他の誰かを責めてしまう前に 僕は自分を救うんだ

        Ed Sheeran  『Save Myself』

 

 

 

歌詞の引用→https://www.yogakuhack.com/entry/savemyself_edsheeran

 

 山本七平の引用 ↓